雲南田三七畑(訪中レポート)

治療研究会代表 タイセー漢方 長谷川英樹

 平成12年10月18日~22日、東洋医学成人予防協会主催の田三七畑栽培現場を視察してきました。その報告をレポートします。

 ここで紹介する内容は、個人的な見解も多く含まれますので、ご了承下さい。


18日

 羽田(7:30発)→関空(8:45着)。
 関空(10:05発)→昆明(2:40着・この時間は中国時間で日本よりプラス1時間となります)
 訪中のメンバーは、治療研究会1名(私)、ウチダ和漢薬約20名、あるグループ3名の薬屋と、美容グループ(卸屋・個人代理店・顧客)約20名、東洋医学約10名ぐらいの構成でした。

 関空で篠尾会長と話をしました。
◇昔、田三七の苗を日本に持ち帰ったが、検疫にすべて没収されてしまった。成功していれば、日本での栽培が可能だったかもしれない。
◇昔、富士山の麓に自然の田三七が生息していたが、すべて死んでしまった。
◇昔は、文山までは車を乗り継ぎ、とてつもない時間を費やさないとたどり着けなかった。
◇田三七栽培には、適度な日光と適度な水が毎日必要なので、栽培管理が非常に難しい。
◇3ヶ月前、文山から奥に3時間ほど入ったところで、有機栽培を行ったが失敗に終わった。
◇SPはまだ解明されていなく、いろんな研究機関から見てもこれからの物質である。

 篠尾会長自身、30歳代からの糖尿が悪化し、多臓器不全の状態になっており、目もほとんど見えないようです。訪中のため、入院先の昭和医大から無理矢理許可をもらい、ポータブル腹膜透析の機械を4台持ち運び、4時間/日かけて透析を行うようです。ただ状態が悪いにも関わらず、SPを大量に服用しているおかげで、クレアチニンが上がらず、昭和医大の医師も首を傾げているようです。雲南白葯との今後のパイプのためにも今回が最後の訪中と覚悟している様子でした。

昆明飯店-ホテル(3:45着)。

昆明の町は結構都会です。
ただ、自転車に混ざって馬車が走っていたり、7階建てのアパートの上の階までが、空き巣よけの鉄格子が窓に組み込まれていました。
交差点で赤い旗を持って交通整理をしている人は、道路交通違反をした人です。
日本のように罰金だけでは済まされないようです。
夕食は、雲南の省が主催の歓迎パーティーでした。形式は日本の結婚式みたいで、通訳が入るので長いんです。青島麦酒は温いし(中国人は冷えたものを飲まない)、雲南の赤ワインも日本の安ワインクラスです。食事も北京・上海・四川料理とはいかないです。

 昆明自体、去年行われた世界花博覧会で初めて日本から直行便が飛んだので、まだ日本人も珍しいと思います。夜一人で散歩してみましたが、しゃべれないし怖くなりました。(訪中グループの中には中国語がしゃべれる・読める方々が結構いました。私は麻雀用語しか知りません)

 帰り道ウチダの散歩グループに合流。おばちゃんと娘でやっている小さな小料理屋で、そばや麦酒、白酒などを頼んで、10人で100元。1元=約15円ですから、1500円です。これを語るとこれからの話、日本での田三七の値段、もっと安くならないの?ということになってきます。


19日

雲南白葯表敬訪問-工場見学です。かなりの敷地に、思ったより近代的な建物と設備でした。工場見学をしましたが、原料が見られるわけでなく、原料を入れて、カプセル状がSP(strip package)包装になるまでのオートメーション化を、白衣に着替えてガラス越しに見ました。撮影禁止です。カメラは入り口で預けさせられました。ここの工場では雲南白葯のすべての製品を作っており、雲南のTOP会社なようです。(我々のSPはここではなく、文山の工場です)
雲南白葯の入り口には薬局があります。昆明では刻みの漢方薬局は見あたりませんでした。ほとんど製剤として売られています。写真は薬局の内部ですが、右下にコンドームとおもちゃが売られています。どこの薬局にもあるらしいんですが、人民の人口数調整に不可欠なものなのでしょう。
移動して、右の写真の建物に入りました。よく覚えていないんですが、厚生省のような機関です。病院等で使われている薬品をたくさん展示してありました。あの「血塞通注射液」も展示されていました。SPは単味商品としては無かったようでした。
会議室に入り、雲南白葯製品をスライドを使って説明を受けました。写真のようにこんなものまで作られていました。奥は、「雲南白葯」です。80%が田三七で残りは秘密です。手前左側から、チンキ(飲むのではなく外用)・赤のスプレー(鎮痛剤)・白のスプレー(打ち身等の血行促進スプレー)・絆創膏(ガーゼに田三七が入ってる)・膏剤(サロンパスみたい)。これ全部田三七応用の薬品なんです。何でもありって感じです。(現物はおみやげでもらってきました)
現在はアメリカの医療機関にかなり販売されているそうです。アメリカが田三七にかなり惚れ込んでいるようです。右の方が雲南白葯の創始者です。100年前に、文山から田三七を運んできて、雲南白葯を作ったそうです。田三七に関して、生と熟の違いを質問しましたが、満足な答えが返ってきません。この後もそうですが、とにかく企業秘密として隠すんです。成分を明かされては、その歴史も雲南の産業も滅びる危機感があるんだと思います。
生田七粉と熟田七粉を買ってきました。粉の色と質感は全く違います。効能効果がかなり違います。ある文献では熟三七は蜜蝋をしみこませてあり、表面に光沢がでると書かれています。
午後からは、両国の学者による田三七人参研究会でした。中国からは「骨折の治療」-高崇明院長。ウサギを使って折ったり欠損した骨を、実験群と対照群に分けて説明していました。田三七を飲ませると再生がものすごく速いそうです。また、北京の病院で出血400cc以上の患者に、田三七を三日間投与すると1/3に抑えられる。手術の止血作用は著しい。血小板の細胞表面に働く。なんてことを言ってました。
日本からは、京都薬科大学教授-吉川雅之氏です。「田七人参の成分と薬理作用」を発表。サポニンを32まで解明した方です。・小腸における糖吸収抑制・胃からの小腸への移動阻止・小腸運動の亢進・胃粘膜保護作用・エタノール吸収抑制作用・抗アレルギー作用・鎮痒作用・神経伝達物質に作用する・神経メディエイターの実験等と話されておりました。

 後の食事の時、吉川教授と話がしたいとの意向を東洋医学に伝え、教授と話す機会をもらいました。「僕はこう思う」と意見をすると、僕を見ないで東洋医学の人を見て「これはインビトロの中の結果を言っているのであって、臨床とは違う」と、聞くほうが間違っていたことに気づきました。

 夕食は雲南白葯からの歓迎パーティーです。昨日と同じパターンでした。こういう形で日本人が来るのが珍しいのでしょう。雲南-TVも取材に来ており、夜のニュースで報道されていました。

 夜、隣の部屋に呼び出されました。僕の意見が聞きたい方がいるとのことで。その部屋に3人の薬屋さんがいました。東洋医学に「サポニン32」の科学的証明を出せとしきりに言っているのです。最近進められて使い始めたようです。(SPではなく、東洋医学が清水の打錠工場でパウダーから整形したものです) 私が「著効例出ました?」と聞くと、薬問屋の方の肝臓GOT・GPTが著しく下がったとか、かみさんの足のしびれがすっかり無くなった等と言っておりました。感激したんでしょうね。「明日、文山に行かないで吉川教授と話したい」と言っていたので、「無駄だよ」と言っておきました。SPを最初に使い始めた頃の私とそっくりです。根拠が欲しかったんですね。


20日

早朝5時、文山に向けて出発。(美容グループは別行動で観光です)前夜飲んだ隣の部屋のVSOPが残っており、自分だけ二日酔いでつらかったです。道中は田舎道、映画に出てくる中国の風景です。当初、四輪駆動で片道10時間と聞いていたのですが、昨年の世界花博覧会のおかげで道路はほとんど舗装されていました。車はVOLVOの観光バスです。
途中休憩はただの集落の前、生理現象はその辺で。どこで用をたしてもそれが当たり前の場所でした。牛車がいました。牛と言っても水牛です。その道の右端に立って撮った写真が右です。足下の茶色いのは、土と水牛の糞です。
昼食の弁当もただの道。道路からそれたところで弁当を食べましたが、トウモロコシの切り株がたくさん残っている、赤土の畑です。東洋医学の立川さん曰く「中国人に任せているととんでもない事になるな」と、景色はいいんだけど。
硯山到着。田三七畑は硯山と文山の間にありました。傾斜地を上がる覚悟をしていましたが、なーんだ道路の脇を200mほど入った場所でした。なんだか日本で言うと、田舎の民家の裏庭にある背の低いブドウ畑みたいです。入り口の看板のところで、田三七畑の説明を受けました。「無公害三七栽培基地」のようなことが書かれています。またこの無公害というのが意味不明で、有機栽培のように受け取ってしまいますが、どうやら化学肥料は使っていないと言う意味らしいんです
ここの畑は三年前に始めたらしく、新しい技術で低農薬の畑なのだそうです。それまでは農薬がギンギンだったのでしょう。無農薬では栽培できないそうです。篠尾会長の話にもあったように、有機栽培を試みたけれど三ヶ月で失敗に終わったとのことでした。
田三七畑に5人の農夫がいました。畑で食事をしているのでしょう、炊事場もありました。畑は、イチゴ畑のように土が長く盛ってあり、かなり広く囲われていました。向こう側がどこまでなのか調べには行きませんでした。抜いてはいけないようでしたが、強引に抜いた方がいて、許可が下りたみたいです。土が軟らかいせいか、以外と簡単に抜けるものです。芋掘りとは全く違います。
出てきた根を見るとこれが意外に大きいんです。これで三年根の畑なのです。茎と根の付け根に新しい芽が出ていました。栽培法として、毎年芽が出るのですが、芽に養分を取られないように芽を切り落としていくのです。その切り口で何年根かがわかるようです。
三七の名前の由来は様々です。◇三本の広がる葉柄から葉がそれぞれ七枚 ◇三の割合で光り(太陽)、七の割合で陰を必要とする 等です。花は緑でネギ坊主の形です。種は赤で、よく見かける絵は種と言うことです。「最初は何を植えるの、種・苗?」と質問してみました。種からだそうです。
ここからが本題です。この畑は三年経つともう養分が無くて使えなくなります。その後の畑は十年、田三七どころか植物は育たなくなります。三年根が品質と経費のバランスがよいので商品とするため収穫されます。「六年根は?」と質問しました。通訳を介した話の内容を聞くと、三年根を抜いて別の畑にまた植え替えるそうです。果たしてそんなことをするでしょうか?これだけの数のものをトラックにでも積んで他に持っていき、耕した新天地に植え直すでしょうか?そんなことをしなくても目の前の根塊は大きいです。

結果を述べると、日本人はだまされていると思います。中国人がだましているのか、日本の業者がだましているかです。偽物もかなりあるようで、似た植物が20種類ほど出回っているようなのです。10年根なんてあり得ません。有機栽培もあり得ません。日本でR社から見せてもらった現体より、昆明の薬局で土産用に買った物の方が大きいです。業者だって田三七の本物を見たことがまずありません。ウチダ和漢薬も10年間申請しても許可が下りなかったぐらいですから

 現物は畑から持ち出せませんでした。皆初めての体験ですので、冒険することも怖かったと思います。今後行かれる方がいらっしゃいましたら、ぜひ標本を取ってきてください。

 田三七畑を後にして、文山の工場に向かいました。途中あちらこちらに田三七畑を目にしました。写真が文山工場です。GMPという安全基準工場を満たすため、4000万元投じたそうです。ここで我々が販売しているSPが作られています。昆明の工場同様白衣に着替えて工場見学をしました。しかし見せてくれたのは、水の濾過装置やボイラー室などで、肝心な生産ラインは見せてもらうことができませんでした。「田三七液は、アルコール抽出か水抽出か」との質問にも、すべて企業秘密で終わってしまうんです。中国ってそんなものです。必要な分析はすべて日本でやらないとらちがあかないんです。

 文山の宿泊先「普陽大酒店」に到着。思っていたよりは立派なホテルでした。町も結構近代化されていました。部屋によっては、配水管がはずれていたり、シーツが湿っていたようです。私の部屋は、バスルームのお湯の切り替えができず、シャワーでお湯をためました。町は麻薬の取引が行われていると言うことで、外出しませんでした。

 夕食は、田三七づくしの料理でした。ひげ根・根のスライス・茎(ニンニクの芽みたい)・花とすべて食べてきました。サポニン特有の苦みがありましたが、そこそこおいしく食べられました。中華料理と言うよりベトナム料理に近いのではないでしょうか


21日

 7:00昆明に向けて出発。石林経由の道路となりました。人を15人ぐらい乗せているダンプカーが向かってきました。私たちのバスの中でフラッシュをたいた方がいました。途端にバスが止められ、警察が入ってきたんです。どうやらその人たちは囚人だったようです。

 

 

 7:00昆明に向けて出発。石林経由の道路となりました。人を15人ぐらい乗せているダンプカーが向かってきました。私たちのバスの中でフラッシュをたいた方がいました。途端にバスが止められ、警察が入ってきたんです。どうやらその人たちは囚人だったようです。

 

 立ち往生のせいもあり、石林にも立ち寄ることができず、昆明飯店に戻りました。(←バスの窓から数秒見えた石林)

 今日の夜は、日本からの答礼の夕食です。ウチダ和漢薬の学術担当・板垣氏と同席になり、いろいろなことを話しました。

 詳しくは治療研究会で。

 


22日

 皆さんの苦情から、せめてもの市内観光の時間が二時間ほど与えられました。お寺観光組と薬草市場見学組です。薬草市場見学組に乗ったのですが、市場の前にバスが止められないとかで、「約束が違う」とウチダ和漢薬グループがバスから降りたんです。私は「どこでもいいから連れてってー」て感じです。やっぱりこういうとき、一人だと寂しいですね。結局は皆さんで町で一番大きい薬屋に行きました。田三七がウインドウの中にたくさんありました。私は田三七25頭-250gと片仔?Oを買いました。田三七は250gで14個入っていました。値段は165元です。東洋医学のパンフレットの5年根に値する大きさです。

 薬屋の前に、物売りが寄ってきました。「千円・千円」と始まります。ポケットから、もう両替ができない1元玉を5枚取りだし目の前に見せたら、世界花博の刺繍の入ったナップサックをよこしました。100円ショップより安い!

 デパートも日本と同じように、一階に化粧品コーナーがたくさんありました。ほとんど日本と同じ風景です。ただ、お手洗いはデパートに来ても臭いました。地元の人には臭いものに感じないのでしょうか?

 

 

 20:20関空着。日本食が食べたくなり、日本そば屋に入りました。おろしそばを注文したのですが、青首大根の縦割りと、陶器の下ろし金が出てきました。「まじかよー」て感じで、削れない下ろし金でゴリゴリ。疲れてる上にだめ押しでした。
 23:30羽田着。荷物を受け取って、駐車場に止めてあった車で帰宅。もちろん日付は23日になっていました。結局これは四泊六日だったんですね。

 観光が全くなく、汗を流さないので腹ばかり出てくるハードな旅でした。


編集後記

 SP(スーパーパナックス)=サポニンは、田三七の全てから取っているという報告です。いろいろ模索していった結果、根の成分には止血作用が強く認められています。しかし、茎・花などにも含まれるサポニンには、抗体を作って炎症を抑える作用があります。(根と他の部分のサポニン構成は違うようです) この両面性を行かしたものが我々が使っているSPだと思います。
 以前はデンシチンという物質に止血効能を当てはめていましたが、日本の代替医療病院で抜糸の際、抜糸窩にSPを粉砕して入れ縫合すると、止血の時間がすこぶる早く、肉の盛り上がりも早いとの報告が出ています。サポニンのある型(ノトジンセノサイド-○○)に止血作用があるのだと思います。

 私自身、SPは純漢方薬だと思っておりません。強いて言えば生薬方剤の一つでしょうか。壺井先生が唱えた柴胡もサポニンの応用ではないでしょうか。(現在の柴胡はミシマサイコで、傷寒論や金匱要略の柴胡とは効能が違ってくるという意見もあります)

 これで訪中レポートを閉じさせていただきますが、参考になりましたら幸いです。何か質問がございましたら、次回の治療研究会でお答えしたいと思います。

帰路の昆明空港にて 

長谷川英樹